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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)1146号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

二原告は、被告は原告代理人として本件建物の建築請負契約を締結し、原告から預けた一〇〇万円によつて支払つたので本件建物は原告所有である旨を、被告は、昭和二〇年頃、原告及びジエインと、労務、金銭、信用等を出資して貿易事業等を営業すること、生計費や必要経費等を除いて蓄積すること、取得した物件は右三名の持分平等の共有とする旨の組合契約を締結し、被告が右営業上の利益を以て建築請負代金一〇〇万円を支払つたもので、右三名の共有である旨を主張するので検討する。

三<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、<る>。

(三) 昭和二〇年八月、敗戦となり、その頃から原告も加わり、原告、ジエインらは、戦勝国である英国人として、おのずから、彼らの格が上るとともに、物の不足に応じて、右の者らはその立場を利用して、当時の統制経済に違反する闇商売がかなり自由にできる情勢となつたので、これに乗つて、闇商売である、食料、サツカリン、ズルチン、雑貨等の売買を行い利益を得たこと、右のような闇営業は原、被告二名の共同事業として行われたこともあれば、時にジエインも加わり、又、各単独で行つたこともあつて、右三名は両方を適当にやつていた。従つて収益は共有となるべきものもあれば、単独に帰すものもあつた。

(四) 当時は、安土寺町の建物の一室を借り受け、これを連絡場所としていたが狭いので、被告が安田信託銀行を通じて売りに出ていた物件に目をつけ、被告が接渉して、昭和二二年七月一八日、原告名義で本件土地と印度ビルを代金三〇〇万円で買受けた。ところで、右不動産の所有権を取得した者が何人かはしばらく措くこととするが、資金は前記の利益から支出された。

(五) 右の三名のうちのジエインは、昭和二一年にインドへ帰国したが、その引揚費用はインド政府が立替払し、後に被告が支払つた。

右三名は、その頃、共同で行つた闇営業の利益金のうち、いくらかを分配した

(六) 昭和二三年に日本とインドとの貿易が再開され、その頃、原告はインドへ帰国した。

(七) 被告が、昭和二三年五月頃、建築業者の訴外木島菊蔵に対し、本件土地上に本件建物の建築を請負わせ、その頃完成し、請負代金(金額は明らかでない)を支払い、(代金の支出者が何人かはしばらく措く、)本件建物が昭和二五年頃、原告名義で東区役所に登録せられ、原告名義で昭和二六年から昭和三二年まで固定資産税が支払われた。(争いがない)

(八) 被告は資金の大部分を出資し、被告の子や被告に近い人達が発起人となつて、昭和二三年五月二〇日、商号を印度貿易株式会社、資本金一九万五、〇〇〇円の株式会社を設立して登記し、被告が代表取締役に、その子や被告に近い人達が取締役に就任し、(出資者と取締役に原告、ジエインは加わつていない。)同年一一月一五日に被告が大部分を出資して、資本金を五〇〇万円に増資し、昭和二四年一〇月二六日に、商号を日印貿易株式会社と変更した。

(九) 原告は、インドへ帰国後、そこに事務所を設けて、右印度貿易株式会社と取引を行つたが、昭和二五年に来日し、昭和二六年にはジエインも来日して取引をすすめ、昭和二七年九月二二日に、日印貿易株式会社の資本金を一〇〇〇万円(株式数二〇万株)に増資し、被告(重任)のほか原告とジエインが取締役に就任した。

(一〇) 日印貿易株式会社、原告、被告、ジエインらが相互に又は第三者と行つた営業は、合法的な輸出入のほか、原告やジエインらの国外の営業所を利用して、クズ雲母を一級雲母、工業用ダイヤモンドを上質ダイヤモンドと偽つて税関に申告して代金を決済したり、日本円を不法に国外へ持出すという違法な営業が多く含まれていた。

(一一) 被告は昭和三〇年頃本件建物に大きな修繕を行い、その費用を支払つた。

(一二) 原告は昭和三一年四月インドに帰国した。

四<証拠>によると、原告らが取得した不動産、名義人、取得原因(所有者はしばらく措く)は別紙のとおりであることが認められ、これに反する証拠はない。

五ジエイン、原告、被告らの手紙による印度ビル、本件土地、本件建物の所有権に関する意思表示の要旨、

(一) ジエイン

(1) <証拠>によると、ジエインは昭和三三年当時、自分は当初から印度ビルと本件土地の共有権は有しない旨を記載した手紙を被告に送付したことが認められる。

(2) <証拠>によると、ジエインは昭和三三年一二月当時、印度ビルの家賃は、問題解決まで(乙第三四号証の一)原告、被告、ジエインで三等分すべきことを記載した手紙を原告に送付したことが認められる。

(3) <証拠>によると、ジエインは昭和四四年当時、自分は昭和二一年一一月から昭和二七年二月までインドに居て、昭和二七年一〇月以前には如何なる意味でも三名の共同体は存在しなかつた旨、原告の資金で、本件建物が建築され、印度ビル、本件土地を原告が買受けた旨を供述している。

(二) 被告、

(1) <証拠>によると、被告は、昭和三三年二月一四日、あなた(原告)所有の印度ビル、本件建物、土蔵を二〇〇万円で買取りたい。本件土地の地代を支払いたい旨(甲第二四号証)、昭和三三年二月二五日、原告は印度ビル、本件土地、木造建物(本件建物と推認)土蔵の唯一の所有者である旨(甲第二五号証)昭和三三年三月三日、あなたはインドに永住するときいたのであなたの印度ビルの蔵と木造建物(本件建物と推認)を売つて貰いたい旨、(甲第三六号証)、昭和三七年八月九日、あなたの印度ビルの私の管理費を請求する旨(甲第四九号証)を記載した手紙を原告に(甲第二五号証は原告以外にも)送付したことが認められる。

(2) <証拠>によると、被告は昭和三七年八月三日、あなたのビル(印度ビルと推認)のために三井信託銀行に手数料三万五〇〇〇円を支払つて見積らせたところ売値四六〇〇万円であつた旨を記載した手紙を原告に送付したことが認められる。

(三) 原告、

(1) <証拠>によると、原告は、昭和三一年三月二七日、このビル(印度ビルと推認)はこれまでと同様に私達の共有であるが、名義だけ私の名義にしてある、私は近くインドに帰国し再び日本へは帰らぬので私の名義を取除くよう希望する旨(ジエイン宛、乙第四号証)、昭和三四年四月、私が日頃主張してきたとおり、建物は我々の共有財産である。それは我々が昭和二〇年九月以来、共通の努力によつて取得した他のすべての財産と同じである。売つて私の分け前をもらいたい旨 乙第四、五号証)、昭和三四年五月六日、今となつては分散を決めているのだから、共同の名で建物を残すことはない。建物を売り、個人的に持出した金と全資産を評価して等分し紳士らしく別れようとの旨(乙第八号証)、昭和三七年七月二九日、ビル(印度ビルと推認)を売るよう交渉し値を知らせよ、売却の委任状を送る。そしてもうすでにあなたの名義になつている真中の建物(本件建物と推認)に対しては何も書いていない……旨(乙第一〇号証)を記載した手紙を原告に送付している。

(2) 手紙ではないけれども、<証拠>によると、日印貿易株式会社、原告、被告、ジエインらと取引をもつていた印度銀行(大阪支店)へ昭和二九年一月から昭和四二年までアシスタントマネージヤーとして勤務していた銀行員ハリハルが職務上調査したところでは、原告らの事業は共同的に行われており、原告自身が右ハリハルに対し、印度ビルと本件土地は、便宣上、原告名義に登記してあるが、三名共同で購入した旨を告げ、何故持分を明白にして共有登記をしなかつたのかとの問に対し、原告は相互に非常に信用しているのでその必要はない旨を述べたことが認められる。

六<証拠>によると、原告は姓名をアジアテイツク、トレーデイング、カンパニーとして昭和二一年六月一二日、横浜正金銀行(後の東京銀行)大阪支店に普通貯金で、五〇〇万円の大金を入金したことが認められる。

七以上のとおりであつて、以上の事実からみると、

(一) ジエーンは本件建物について何らの権利を有しない。

(二) 原告、被告、ジエーンの共同事業は昭和二〇年頃に行われたし、その収益から昭和二一年頃右三名又は二名に幾何かが分配され、昭和二一年にジエーン帰国(引揚費用はインド政府立替、昭和二五年に被告支払、)後は、原告と被告との間で昭和二二年頃まで行われたが、その共同事業は乙第三六号証に記載されているところの私有財産も個人の貯金も認めないというような厳格なものではなくて、彼らは個人の営業も行つていて両方で稼いでおり、取得した不動産は明白に名義人が決まつていて、これらの不動産が全部共有であるとは到底考えられない。仮に共有不動産があるとしても、どの不動産であるかの特定は不可能であろうと思われる。

(三) 本件建物は、被告が建築業者と建築請負契約を締結したものであり、被告が大部分の出資をして昭和二三年に設立し、数年間にわたり、被告が代表取締役として主催した印度貿易株式会社(原告もジエインも加わつていない)の社用と被告個人の私用に使用しており、被告は昭和二三年九月にインド国籍を取得して日本国籍を喪失していて、以後は原告らと比較して税金その他の面で不利益が無いはずであるのに、昭和二五年頃、固定資産税の創設に伴い大阪市東区役所の固定資産台帳へ登録された本件建物の最初の所有名義人が原告であつたことは、これを何と説明するかである。敷地である本件土地の登記名義人と合致させたというわけでもなかろうし、共有物の名義人を原告としたとの説明も納得できないところである。そのそもそもの原因は、これまた諸々の矛盾もあるが、建築資金の出所が原告であつて、被告は原告の委任により建築したとみるのがより相当であり、所有権は原告が取得したものということになり、被告が昭和三〇年頃に、修理費を投じて修理したり、管理費を支出したとしても右の所有権に影響はない。そして、この方が、前記の相矛盾する多くの手紙の類等との矛盾の度合が比較的小さいように思われる。

八以上のように原告は本件建物の所有権を取得したものであるから、被告名義の保存登記の抹消をもとめる原告の本訴請求はこれを正当として認容すべく、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(林繁)

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